ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり、だんだんと、きみが、とおく、なって、わすれて、いくんだ。

《最後の数え歌》



慶鳴 如月と、砂湖 如月。
この爾班長が、あの殺人鬼だということは薄々感づいていた。
犯罪史として見ても、糸断史として見ても、最悪で最大級の虐殺事件。
それをやってのけた第一級犯罪者が自分の隣の班長を勤めていることも。
僕が覇班長に就任したときから、理由は解らなかったが、嫌われているのは解っていた。
でもさして気にならなかった。
どうせ人の好き嫌いに干渉することなど出来ないことはわかっていたから。
どうせ只のすれ違うだけの関係だと思っていたから。
どうせ関係なんて蜘蛛の糸ぐらいに細い物だと知っていたから。

でも、だけど、何故か、如何してだか解らないけれど、錯覚かもしれないけれど、
自信なんて何もなくて、確証なんてどこかへ消えたかもしれない。
それは逆説でしかなくて、逆接としてでしか繋げないのに。
無様でみっともなくて如何しようもない位。

それでも気になってしまった。
あの、憂いを帯びた悲しい瞳。
影を背負う瞳。
瞳が、悲しみに満ち溢れていて、僕は不覚にも、一瞬見惚れてしまった。
動けなくなるほどに深い、刻み込まれた罪の証。
どうしようもないほどに深く、深く、深く、刻まれ、刻まれ、刻まれたあの瞳。
そして今、枯れ果てた泉の底から小さく水が湧いている。
その水は見る見るうちに泉を覆い、外へとあふれ出す。

僕は、あの無表情で『雌獅子』の名を持つ彼女がこんなにも感情的な場面に遭遇してしまったのだ。


「思い…出す?」
「そうだ!お前は私の、大切な人に似ているから!だから…!」
「どうして、其れがいけないんだい?」

一瞬。
如月は戸惑ったような顔をする。

「忘れたいのに!」
「どうして忘れたい?」
「辛いから!」
「どうして辛い?」
「好きだったから!」
「好きな人を思い出して、何故辛い?好きな人を、何故忘れたい?」
「私が…殺してしまったから……!」

絞り出す声に、弥生は小さな罪悪感を覚えた。
解っていたのだ。如月が虐殺事件を起こした張本人だということは。
何の考えもなく聴いただけだったと言うのに。
知っていた筈だ、弥生は自分を叱咤した。
その事件の発端は、目の前で最愛の人を殺された就任したばかりの爾班長が起こした。
法廷に、自分は居たのだから。
其れを解っていて、弥生は如月に問う。
弥生は、もし自分と相手の考えが違って相手が悲しむのなら、自分が無理をしてでも考えを変える。
いざこざが嫌いで、相手の辛さは自分の辛さ。
だからこそ部下に好かれ、上司に好かれて此処まで来たのだ。

「…消えてくれ。今、忘れるから。」
「如月班長…」
「取り乱した。見苦しいところを見せた。」

唐突に、冷静になって俯く如月。
切断された腕が痛むのか、そちら側の肩を抑えてはいるが麻痺してきたのだろう。
頬を流れ落ちる汗以外、いつもの爾班長がそこに居た。

「消えてくれ。」

再度、如月は言う。

「消えないさ。」
「…な……?」
「忘れちゃ駄目だよ。…好きな人のことは、さ。」

如月は弥生をにらみつけた。
憎悪と、悲哀を籠めて。

「…目障りだ、消えろ。」

弥生は微笑む。

「消えない。」
「…失せろ、と言っている。」
「如月班長はその人が好き。なら何故忘れようとする?」
「失せろ。」
「どうして目を背ける?」
「失せろ…。」
「しっかり見なくちゃ駄目だ。」
「失せろ!」






「逃げてるだけだろ?」







「独りよがりの罪悪感から。」






「自分の犯した罪から。」



弥生は、にっこりと微笑んだ。
如月が身震いするのがわかった。
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