許してくれ等言ゐませぬ、たふに私は咎人(とがびと)ですので


《幽かなフーガ》



一陣の風が吹く。
姫は完全に自我を失った様に無表情になる。
如月は感情を殺して無表情となる。
その中で雫だけが、哂(わら)って腕を組んでいる。

刹那、紅蓮の血色に染まった切っ先から、触れてもいないのに液体が垂れる。
ぽたり、ぽたり。
ぽた。
紅。
鮮血が、吸いきれないとでも言うように紅蓮の刃から零れ落ちていた。
姫を睨みつけていた如月は不意に、ふっと視線を逸らして俯く。

「…私の愛したのは哉佳だけだ。………姫、お前では無い。」

それを聞いたのか聞いていないのか、姫はさり気なく笑ったように口元を不器用に歪めた。
両手を振り上げ、五本の指で操る曲弦糸を煌かせて、
思い切り如月に振り下ろす。



ひぅんひぅん、ひぅん 



高い音がして10本の糸がそれぞれの方向からそれぞれに襲い掛かる。
如月は切れ目で長い瞳を細め、タンッ、と一回だけ踏み込んで跳んだ。
忍者のように素早く、音はしない。
糸を器用にいなして、刀を振らずに指だけで雷を操る。

「雷神・來緋…!」

千曲とは違う、眩いほどの光を纏う虎が出現した。
それは唸り声を上げて姫に牙をむく。
姫は矮躯をうまく使って虎から避け、右手を如月に向かって突き出す。
糸はまるでナイフのように真っ直ぐ如月を目指して進んでくる。
すぅ、と刹那に如月の姿が分身する。
雷の速さを身に纏っている爾班長は、風より速い。

気付いたときには、姫の後ろに居た。

「…。」

姫の顔には意思が無い。
ただ、大きな流れに身を任せている。
そんな表情をして如月に糸を振るう。
曲弦糸は、指を酷使するためにかなり高度なテクニックを必要とする。
つまり、長期戦向けではない。
そして接近戦に適してはいない。
元々はスパイや隠密行動をする忍の武器だったらしい。




「曲弦舞・……翔風雅(しょうふうが)。」




瞬間の出来事だった。
姫の右手に接続されているはずの糸が、如月の肩を貫いた。
左手は動いていない。
右手は其処から振り返らずには如月に攻撃できないはずだ。



糸は、姫の左肩を真っ直ぐ貫いて如月の左肩に突き刺さっていた。




「……ッ!」
「オ前ヲ、殺ス。」


「ふ…」

如月の右手が、勝手に動いた。
気付いたときには姫に向かって振り下ろしていたのだ。
もしあの時、とっさに離れていなかったら姫の体は粉々になっていただろう。
その位、紅蓮の破壊力はすさまじかった。



「紅蓮。血が…欲しいのか。」



如月の息が乱れ始めていた。
一面は砂埃が舞い、あった筈の大地は大きく凹んでいる。
そして今紅蓮の刃の先がある場所には刀身大の鋭い切り傷。
一撃。
その一撃のみで辺りに大きな傷を与えるその妖刀は刃こぼれ一つなかった。
血の色をしている紅蓮が光る。
美しい紫水晶の如く。
雪のような純粋さを漂わせて。
魔王の持つべき禍々しき刀。

燃え盛る焔の様な紅色の蓮華。

紅蓮。
如月はその紅蓮を何時も蓮華にするように、胸の前でしっかりと持つ。
顔の中心を走るようにかざして左手で刀身を撫でる。
血に濡れたその赤黒い肌を。


刹那。

     ひぅん

動作をしている合間に、姫の曲弦糸が一本、左手に巻きついた。
そして糸は造作も無い事かの様に、如月の左手と如月を切断した。
鮮血が舞う。
支えを失った左手は落ち、残ったのは肩から少し下までの腕だけ。
常人ならとうに意識を手放しているはずな激痛にも、如月は少し呻いただけだった。
紅蓮が、神経を麻痺させているのだ。
妖刀を握った主は神経を麻痺させられて痛みを感じることなく、人を殺し続ける。
人を殺せば殺すほど鮮血は妖刀に呑まれて行き、
鮮血を呑めば呑むほど妖刀は主の支配を強くしていく。
そしてそれが限界に至ったときに、無差別で無表情な殺人兵器が生まれるのだ。

「…紅蓮蓮華。」

紅い稲妻が姫の右肩から左足に、切り傷を創る。
地獄と、仏の持つ華の名を冠する紅蓮。

姫は、一瞬にして倒れていった。
矮躯は音もせず大地と触れ合い、意識が飛ぶ。
そして幾らか時間がたった後に、大地と姫の接している部分が赤黒く染まっていった。
姫の血を飲み込む大地。


如月は興味も無さそうに雫に向き直る。
再び、静寂が3人を覆った。

「本当に斬っちゃった。」

雫が笑った。
屈託の無い眩しい笑み。
それを睨みつけてから如月はもう一度紅蓮を雫に向けて名を呼ぼうとする。
しかし、声は痛みにかき消された。
否、痛みなど感じるはずは無いのだ。紅蓮を握っている限り。
紅蓮を、握っている限り。
握って、いれば。

「ぅ…あぁ…あ!」
「紅蓮を手放させれば、貴女はもう私の物でしょ?楽しかったよ、観ていて。」
「あああぁあああああぁあああぁぁあ!!」

左手は無いのだ。
血は止まるはずも無く、勿論切り落とされたのは肉だけではない。
骨、神経に至るまで切断されている。
激痛を感じないほうがおかしかった。
雫は、主に暗殺に用いられる飛具(ひぐ)を使い、器用に紅蓮を如月の手から引き離した。
そのお陰で麻痺していた感覚が戻り、如月は絶叫した。
意識が飛びそうだ。
朦朧とする景色の中で、雫の笑う声が響く。





「バイバイ」







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