叶うのなら、もう一度だけ。


《眠る瞳に子守唄を》



雫は、笑った。
先ほど姫結と対峙した時とは違う表情で。
もっと狂気的で、もっと年相応で、もっと恍惚とした笑み。

「貴女みたいな人に会いたかったの。」
「…。」

あまりの豹変振りに、如月は正面から雫を睨みつけた。
先ほどまであんなに儚げだった少女が、今は震え上がるほどの狂気を纏っている。

そして突然、風が、吹く。

深い色でまとめられた着物と、如月のセピアの髪がなびく。
雫の紫黒の瞳が歪む。
にぃ、と恍惚さに溢れて笑う。
如月は警戒しながら、雫に問うた。

「何故、お前は見知らぬ他人の私を慕うのだ?」
「それはね、如月……。」

元が儚げな印象だけに、硝子のような少女だと如月は思った。
直ぐに壊れてしまうけれど、破片は鋭く切り裂く。
雫はそこでいったん言葉を切り、また如月にしっかりと焦点をあわせて微笑んだ。



「貴女が持ってる、貴女の妖刀が欲しいの。」




沈黙。





「…なら、遣(や)る。」

そう言って如月は、呆気なく紅蓮を手放して雫に投げた。
どす黒く変色した刀身は光を受けて鈍く光り、カラン、と音をして地面で転がっていった。
そして紅蓮は止まったところ、雫の足元で淡く紫色の光を放つ。
雫はそれを視線だけで追って、小さく一瞥した。

「……要らないのか?」
「ええ、要らない。」
「じゃあ、何故」

「言ったでしょ?私は、貴女が持ってる、って言ったのよ。だから私が欲しいのは、」
「私自身、ということか。」
「そう。だからね、私はあなたを殺して持って行く。そして」




雫は笑うのだ。
狂気的で、年相応で、恍惚的で、儚い笑みを。



「貴女を私の僕(しもべ)にしてあげる。」


その時ぴくりと、微動だにしなかった姫(フィ)が反応した。
むくり、とそんな音が似合うような緩慢な動作。
寝起きのような身体で地面に両手をつき、独特の桃色の髪を左右に団子で結い、
三つ編みをたらした頭を2,3度振って起きる。
そして異国の服装で立ち上がり、両手には何よりも細く何よりも鋭い糸、曲弦糸(きょくげんし)。
それを少しだけ持ち上げて、顔を上げる。
雫はそれを見もせずに解らないと言わんばかりの顔をした如月に言う。

「…春(チュン) 姫。我等、月代一族がこの国を統べていたときの南の守護神の輪廻転生。」
「何、だと?」
「解らない?だから、《四神》の一人の生まれ変わり。」

月代一族。
今はもう歴史の片隅に追いやられた一族。
けれど、今からずっと昔、太古の昔にはこの舜架国を統べていた一族だった。
一族は栄華を極め、舜架国は大きな力を持つ大国へと成長していった。
しかし、盛者必衰の理は月代をも飲み込んでいく。
後から入ってきた、ヒナの所属する紅染一族や現総括長の統べる紀梅一族に王座を奪われ、
月代一族は敗走の日々を送ることになる。

《四神》。
栄華を極めていたときに四方に配置された守護神の事。
4人が全て常人では有り得ないほどの強さを持つ兵。
それぞれが時の王、紅染 雛(ひな)に仕え、忠誠を誓っていた者達だが、
最早其れは昔のこと。
四神と紅染 雛は戦乱の中で命を落とした。
その輪廻転生…つまり魂の記憶を何らかの術を使い、四神の生まれ変わりの器である
姫に憑依させたのだろうか。
如月は自身の部下を冷ややかな視線で見た。

「…春 姫。」

此方を向いた顔に生気は無く、虚ろな瞳が此方を向いているだけ。
その姿には、元々の姫としての明るさは何処にも無かった。
虚空。
例えるなら、そんな言葉が似つかわしい。
何処までも広がって何も無い、そんな虚空のような表情だった。

「貴女に、部下が斬れる?」

雫が面白そうに笑う。
それは先ほどと同じ、狂気を湛えた笑み。










「あまり、私を…侮辱しないことだな、月代 雫。」







如月が殺気を放つ。
そこでまた笑って、雫が足元の妖刀・紅蓮を蹴って如月の元へ突き返す。
ガラン、とひび一つ入らない血を吸った刀を如月は拾い上げ、右手にしっかりと持つ。

不意に、虚空に一筋の光がさしたように、姫が口を開いた。

「きさ…ら…ギ、…逃げ………て……じゃ、なイと……」
「姫。」

如月は姫の言葉を遮る。
けれど姫はそれに応じずに言葉を紡ぎ続ける。

「ぁ…たし、……如月…をに……傷…つけ……ちゃ、ウ……」







「私が、お前程度に傷つけられると思うな。」





如月は、雫に向かって言い放つ。
悲しい影を背負った、揺るがない瞳で。
蓮華の切っ先を敵に向ける。








「私は、春 姫を…」
















「斬る。」


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