もう、私は全てを受け入れない。


《冷たい狂詩曲》



「私の領域に入ったからには、生きて逃げられるとは思ってないでしょう?」
「…。」

背筋が凍る。

姫結の顔は優しく微笑んでいる筈なのに、押し潰されそうになってしまう。
勝てない。
私には、勝てない。
この人には、絶対に殺される。

雫は、ごくりと唾を飲んだ。
沈黙が耳に痛い。
如何(どう)にかしないといけないのは解っていても、身体が殺気で金縛りにあっているようで動かない。
冷や汗が頬を流れるのがかろうじて感じられる。
すっ、と音がする。
薙刀が抜かれた。
死ぬ。
その刃先が自分の首に迷い無く定められている。

それがあと少しで、振り下ろされて―


「姫結ちゃん。殺しちゃダメだよぉ?」


刹那、気の抜けたような声がした。
薙刀が、ぴたりと止まる。
まだ動けはしない。
殺気が衰えていない。

「……華。何のつもり?」
「《退け》って、白舞総括長から姫結ちゃんに命令。」
「……殺してからでも遅くないでしょう?」

怖い。
腕に持つ輪廻転生…『西の守護神』が身じろぎした。
どうやら気づかれてはいない様だが、早く此処を去らなくては。

姫結と、華とが静かに互いの目を見つめている。
圧力がお互いにお互いを気圧そうとするが、互角らしい。
やがて暫くの沈黙の末、姫結が折れた。

「…解った。」
「心(なかご)と鬼(たまほめ)にも会いに行くよ。」

助かった。
華が瞬間的に姿を消す。
姫結は振り向いて雫を視線に捕らえてから、小さく呟いた。


「……強運ね。」
「…どうも。」

フッと、姫結もまた姿を消す。
身体が冷たく冷えてしまっている。
西の守護神…春 姫にはもう術をかけてある。
急がなければ、あの方に申し訳が無い。
帰らなければ。

雫はおもむろに立ち上がった。
震えていた脚は何とか持ち直し、瞳にもまた強さが戻っている。
その根源は、自分に課せられた重い使命感からか、それとも孤独からか。
春 姫に目配せする。
桃色の髪が小さい頬に擦り落ちる。
雫の瞳の光は顔色のように病的に冷たい蒼。

タンッ。

乾き切った地面を蹴る。
それから2,3秒後の事だった。

パチ。

初めは小さな電気音。
異変に気づいたのはその直後だった。


    ―バチバチバチ―


「…ぐっ…ぁあ……!」

雫は呻いた。
実体が無いはずの雷が自分を捕らえている。

「…ぁ…ぅ…っ…ぐぁ……!」

身体が焼かれる激痛。
見れば、糸断の外壁の外を一週廻るようにして雷の小さな光が網のように張り巡らされている。
体中が感電している。
が、雫は仮にも呪術に長けた月代一族だ。
小さく額に太極印を描く。

「…っ……解(カイ)!」

無理やり術を発動させて振り解く。
だが、もうこの網からは抜け出すにはかなりの時間が必要だ。
発動者の意識を何らかの形で飛ばしてしまえば、術は解けるはずだ。
雫は辺りを見渡す。
術の発動者は……

ざり、と足音がした。

其処に居るのは、セピアの髪に鋭い瞳。
額には独特な布をはちまきのようにつけており、背には“蓮華”の刀。
特徴的な鋭い瞳だけが目に映る。
威圧。
殺意。


「…砂湖………如月…!」


「月代 雫…か。」


雫は哂った。
如月が、目を細める。


「遭いたかった、如月。」
「何を……言っている?」

雫は何も言わない。
先ほどの、姫結に殺されかけたときとは打って変った態度。
強気な態度。
シニカルに哂うその口元が、今までの物静かな顔とかけ離れていた。
静謐の仮面が取られた。

「貴女位、哀しい人は居ない。」
「………殺す。」

殺意が口から零れた瞬間、如月は右手を雫の首へ突き出す。
刹那の早業だった。
それが雫に止められる。
手首を左手に捕まえられることも解っていたように、右足が雫の顔面に飛ぶ。
バシ、と音がして二人は離れた。

「貴女についてならたくさん知ってる。」
「無駄口を叩くな。」



「背の刀は初代・蓮華でしょう?………否、《妖刀・紅蓮》?」




















「貴方の愛した人の名は……」


如月の身体がこわばる。






「慶鳴 哉佳(けいめい やよい)だっけ?」




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