『紅い悪魔は死人の手を借り、生人を狩り殺す』

《翼の小奏鳴曲》



ただならぬ事態に総括処の扉を開けようとしたとき、不意に声が聞こえた。
当たり一帯に立ち込める煙。
焦げ臭い匂い。

「何処に行くの?」
「…華。」

白舞が振り向かないまま名を呼ぶと、同い年くらいの少女が現れた。
何処からとも無く。
否、少女というには大人びている。
少女からの脱皮が住んで間もない大人の顔。
白舞の銀髪と対極をなす、漆黒の長い艶やかな髪。
眠そうな瞳に、不思議な形の青海色の簪(かんざし)。
手には尺錫杖(しゃくじょう)。
名は、神来月 華(かみきづき はな)。
白舞とは恋仲である。

「…頼むから前触れとかないのか?心臓に悪い。」
「つい、癖でね。…で、何処に行くの?」
「ちょっと…時雨のトコにな。」
「ああ、あの可愛い子?」
「…。」

華がおどけた感じでそういうと、白舞は頭を抱える。
そして溜息をついたあと、にこにこと笑う華に話しかけた。

「いいか?今はそんな事言ってる場合じゃ…」
「ふふ。気付いてないの?」
「…は?」

疑問の声を聞いてか聞かずか、足音一つ立てずに白舞に歩み寄る。
白舞はそのまま立っているだけだ。
そして華は悪戯っぽく笑ってその銀色の前髪を梳いた。
さらさらと手の中で撫でつかせると、その指で白舞の額を優しく突いた。
辺りに立ち込める煙と、匂い。
瞬間、全ての景色が一変する。

今までの景色が歪み、目が痛くなるほどの眩暈(めまい)。
辺りはいつも通り。

「まさか…夢幻術かっ!」
「華ちゃん大活躍ー。」
「ありがとな、華!時雨捜してくる!!」
「浮気しちゃダメだよー♪」

普通の景色だった総括処には瓦礫のにおいが立ち込め、
あちらこちらから嗅覚にきつい匂いが漂ってくる。
先ほどとは違う、夢幻術に使われる硫黄の香り。
外にはもくもくと紅い煙が昇り、糸断のものではない気配が4つ。

いや、正確には三つ。
ただしその中の一つは、自分が良く知る気配。

「ったく、まんまとひっかかったわけだ。」

窓から外に出て、破壊された外壁の上に立つ。
そして白舞は器用に瓦礫を伝わりながら――もちろん忍速で――風斬処への回廊伝いに走る。
まだ夢幻術にかかっているものが多く、何食わぬ顔で仕事を続けていた。

視覚、聴覚、嗅覚、触覚と、第六感を全て狂わされている者達。

それを横目で確認しつつ、目的地にたどり着く。
ガラリと 乱暴かつ粗雑に 扉を開けると、そこには小宵が居た。
時雨が帰ってきたと思ったのか、声を出してから振り向く。

「…班長遅か…っ総括長!何の御用でありますか!?」
「時雨は?!何処に行った?」
「班長なら病棟へ…ってどうなさったんですか?」
「…くそっ!」

小宵は不思議そうな顔をしていた。
がりりと親指をかんで小さく血を滲ませると、小宵の額に円を書く。
夢幻術は脳に働きかける。
そのプロセスとして、音を使ったり香りを使ったりするのだ。
もちろん上級者となれば気づかないうちに術をかけることも出来る。

華がやったように優しくその中心を叩く。
すると驚いたように小宵は大きく目を開いた。
夢幻術から解けて周りの景色が一変したのだろう。

「これは…。」
「説明してる暇は無い!いいか?これは俺直々のお前への命令だ。」
「は、はいっ!」

「紅染 ヒナを探せ!今すぐに!」

「はい!」

――彼女は何かを知っている。

小宵がかけていくのを見て、白舞は小さく溜息をついた。
先ほど分かれたばかりの華のことを思い出した。

「華にも手伝ってもらうべきだったな。」
「私がどうしたの?」
「うわぅ!!」

後ろには、いつの間にか華。
驚いて声を上げると、直ぐ後ろでまたもやにこにこと笑っていた。
いつもいつもこうだ。と白舞は少し呆れ顔をした。

「華ちゃん速報っ!」
「…こっちは忙しいんだが。あとここ緊迫するシーンだぞ。」
「敵は四季曜石。その中の月代 雫(しずく)が」

「長ったらしいのは嫌いだ。」


白舞が眉間に皺を寄せて華を一瞥すると、むっと頬を膨らませる。
どうやら格好よく決めたかったらしい。
しかし少しばかり考えた後に、華はにっこりと笑って言った。

「…まぁ要するに、姫結(ひめゆい)ちゃんが一人と戦ってるのね。」
「アイツなんで出てくるんだよ…?とりあえず引き上げろって言ってくれ。」
「何で?」
「時雨に知れたらどうなるか解ったもんじゃないからだ。」
「了解っ!また逢おうねぃ♪」

最後にウインクしてそういうと、華は音も無く消えていった。
白舞はそれを暫らく見ていると、小さな溜息をつく。


「さーて、どうなったもんだか。」









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