始まりに向かって破滅していくのみ。

《寂しげな間奏曲》





「ヒナ…?何を言ってるの……?爺や、ヒナは私よ?」
「いえ、ヒナ様ではなく、《雛》様です。」


ヒナは怪訝そうな顔をしながら水に浮く人影を見つめた。
その人影はゆらりと揺れていて、硬く瞳は閉じられている、
いくらか大人の身体をしている。
瞳は何色だろう。きっとすごく綺麗だろうな、ヒナはそう思った。
ヒナは、雛という人物に惹かれていた。

「あれは…飛燕 時雨様の母君、姫結(ひめゆい)さまの生きておられた時代です。」
「……え?」

ヒナは知っている名前が出てきて一瞬戸惑う。

「そして、時雨様が大切な人達を失くした《飛燕家事変》の頃…。」

トン、と音がして首の後ろを叩かれた。
爺やの顔が、水を反射してぐにゃりと歪んだ。
声も発することが出来ないまま、倒れこむ。
そしてヒナの意識も、ぐにゃりと歪んだ。









「朔夜が失踪したぁ?!」


時雨の眼が冴えた。と同時に、楓に倒れこむ。
非常事態に、辺りは混乱した。
千曲も息遣いが乱れてしまっている。
傷口が開いてしまったのだろう、紅がじわじわと体を侵食していた。
圃班員に牙が“解散”の命令を出した為、そこには攻守酋以上の階級のものだけが残った。

「…う…。」
「時雨?どうした?」
「気持ち悪…。」
「悪酔いしたか。しばらく休んでろ……っと。」

「各班長は班員を帰らせるように、と白舞総括長からの命令です…っ。」
「千曲は圃班が手当てしておくから、お前ら行け。」

班員への命令を楓は東風に、時雨は仔朱鷺に任せる事にした。
時雨は楓に耳打ちする。
それを聞いた楓はぐったりした時雨を担ぎ上げると、忍速で走り出した。


「気持ち悪い…。……楓。」
「大丈夫か?」
「朔…夜は、多分…月代に…つれてかれたと思う。」
「何?」


息も絶え絶えに時雨は耳元で囁いた。
携帯用の薬袋を取り出して酔いの薬を飲む時雨に、楓は怪訝な顔をして聞き返す。
暫く経ってから、時雨はずいぶんしっかりとした声で返した。

「朔夜は、………の輪廻転生だから。」
「お前…どこでそれを?」

「これでも、一応班長だから。」


最後に儚く笑うと、時雨は楓に身体を預けた。
時雨の小さな身体の手を、楓はぎゅっと握り締めた。
まだ酔いの残る時雨を担いだまま楓は速度を上げた。






「維班の椄翔だ!輝日の部屋は…」
「こちらです!どうぞ…って飛燕様?!」


救護班員がヒステリックな声を上げた。
かなり顔色が悪い時雨が担がれていたからだろうか。
楓は無視して突き進む。遠くで他の班長が見えた気がした。
それは次の瞬間自分の隣にいた。
見覚えのある銀髪が揺れている。
雲林班長だ。

「どういうことだ?!」
「こっちが聴きてぇよ!」


暫らく走ると、風景が少し変わってきた。
楓は『輝日様』と丁寧な文字で書かれた目印の扉を乱暴に開けた。
千曲の言ったとおり、そこには誰もいなかった。


「…くそっ…あの馬鹿何処行きやがったっ…?」
「………違うよ…。」
「時雨?!」
「連れ去られたんだよ…“四季曜石”に。」


時雨は少し元気になった声で、しかし確信に満ちた声で言った。
背中から降り、ふらふらしながらも自分の足で立つ。
楓はただ聴くことに徹していた。否、それしかできなかった。


「朔夜…は、紅染の戦女神の側近(そっきん)…の輪廻転生だから…ね。」
「他には誰がいるんだ?」
「分からない…けど、多分“四季曜石”はもう分かってる。」

――天網縛魂を使うほどなのだから。
時雨は笑った。心にもなく笑った。
朔夜のいたはずのベッドが、寂しく冷えて風を受けていた。










夢を、見ている。
4人の戦士がいた。
それぞれどこかで見覚えのあるような顔だな、とヒナは思った。
だがそれは歪んで形がいびつになり、よく見えなくなってしまった。
ヒナは耳をすませた。せめて声だけでも、と思ったからだった。

少しだけ、聞こえてきた。


『我等は雛様を護って散り行くのが選んだ道です』

『さよなら』


次の瞬間、視界が紅に染まった。
鮮血に。




「目が覚めましたか?お嬢様。」
「…爺や……?」


目が覚めると、そこは雛・と呼ばれたものの袂(たもと)だった。
自分は先ほど倒れた位置からあまり変わっていない。
爺やはただ立っている。

「今のは…何?」
「雛様の記憶に御座います。きっと…引き付けられたのでしょうね。」
「…何に?」
「ヒナお嬢様の、魂に。」
「…何故?」

爺やの顔が哂う。
ヒナの顔がこわばった。
見たことも無い爺やの顔に。

「ヒナお嬢様の魂は、雛様の魂ですから。現に……」

爺やは、糸断の袖をまくって、ヒナの雪の様な白い腕を露にした。
病的に白い肌はさらりとしていて丁寧に手入れされているようだ。
そしてぎらりと光る小刀を突然取り出し、腕に刺す。
刺し貫く痛み。
それは完全に貫通し、ヒナの瞳は零れんばかりに見開かれた。
血で腕が染まる、筈だった。

「ほら…。」

ヒナの腕から零れ落ちたのは、深紅の雫ではなく……


ただの土塊の欠片だった。







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