もしかしたら 一度過去で逢ったかもしれないわ

《ずっとおわらない曲》




「爺や、まだ行くの?」
「いえ、ヒナお嬢様。もうすぐにございます。」
「そう…。爺や、ヒナはなんだかとてもドキドキするの。」
「それはそれは……ヒナお嬢様、その答えは私めがすぐにお答えできますでしょう。」
「あら、本当に楽しみだわ。」


カツン、カツンという爺やの靴の音と、コツコツというヒナ足の長い下駄が響く。

「此処に御座います、ヒナお嬢様。」

心地よい薄暗さの中にボウと光って浮かび上がる人影。
髪や着物がゆらゆらとゆらめいている。
大きな透明なパイプの中に淡く光る水のようなものが入っており、そこに数個の泡とともに浮かんでいる丸みを帯びた人。

突然ヒナの心臓が跳ね上がった。
なぜか、昔から知っている人物のような気がする。

「………誰なの…?爺や……?」

爺や、と呼ばれた老人は口を開いた。
誇り高く。

「我ら紅染家の戦女神……紅染………雛(ひな)様にございます。」











「呉!」
「呉、久しぶりだな。」

圃班の執務室の扉が開く。
東風と仔朱鷺の呼びかけに、1人の青年が振り向いた。

その青年は仔朱鷺を映したようにそっくりだった。
淡い感じを受ける銀髪、右だけとめた質素な水晶の髪飾り。
青年 ―呉― は穏やかな顔つきをして笑った。


「ああ、東風と仔朱鷺。久しぶり。」







「で?この2人がお前の同期かぁ。」

こと、とお茶を飲み干して湯飲みを置く。
そういうのはツンツンにはねた髪の毛にあまりやる気のなさそうな、少年。
どこか威圧感はあるものの、顔の表情や動きから隠されてしまう。
しかしこの幼顔の少年 ― 青年と少年の間くらいだが ― こそが、 この圃(ほ)班の班長、黒獅子 牙(くろじし きば)だった。
そしてゆっくり瞼を閉じる。

「ええ、班長。………班長、話の途中で寝ないで下さい。」
「……無駄だ白鳳(はくほう)。牙には眠ることしか頭にない。」
「…まだ寝てねえよ。」

牙はぎろりと睨みつける。
クールで鋭い批判を入れたのは、時雨の髪にも似た紺の髪を、顔に影を作るように自然におろしている。

翼は、圃班の副班長。言うなれば地位的には仔朱鷺、東風と同じ。
呉はその下に位置する、攻守酋。朔夜や小宵と同じだ。

「ああ、呉。そいえばね、この書類。これ渡しに来たんだ。」
「ありがとう。」


にこり、と微笑む呉は、外から覗き見している女性糸断の押し殺した黄色い声を倍増させた。
仔朱鷺も視線を集めていたが、鈍感なのか天然なのか気付いていない。
そして二人はにっこりと笑う。

「東風、そろそろ帰ろうか?」

「東風、もう少し居たら?」


みごとにハモる。
そして一瞬目を合わせてお互いを睨みつける。
東風は可愛い。10人中10人可愛いというだろう。
狙うものも沢山居るが、殆どがファン化している。
なぜなら、勝ち目が無いから。
それなりに人気のある仔朱鷺と呉が相手では、ルックスでも性格でも地位でも勝てないのは目に見えている。
…否、仔朱鷺はとっとと帰りたいだけなのだが。
仔朱鷺と呉と幼馴染だから、どちらがくっつくかで賭け事が行われるくらい公認である。
本人たちは気付いていないが、現にこの場所でも。


《おい翼、どっちだと思う?》
《生憎だが人の恋路に首を突っ込む趣味は無い。》


牙と翼がコソコソ話しているくらいに。
――翼はあまり興味のないように返しているが。
その時、キャーという黄色い声が遠くから発された。
と同時にドスドスと廊下を歩く音が続く。
しかももう一つご丁寧に足音を消して近づく気配。
足音の本人は気付いていないようだが、牙と翼だけは感じ取った。
紺色の悪戯姫だ。
その足音がこの部屋の前で止まると、ガラと乱暴かつ粗雑に襖が開き、


「東風てめえいつまでのんびりやってるつもりだコラ!!!!!」


という 乱暴かつ粗雑な 声が響き渡る。
夜闇に映える焔酋は、かなりご立腹なようだ。


「しかも蔽班のヤツを連れてって…だから書類運びにいちいち茶もらってんじゃねえ!!!!」


ブチ切れる。
どうやら東風が団欒している所為で仕事が終わらないらしい。
すると、足音の無い人間が急に姿を現した。



「ばぁ!」
「うおおおおお!?」


かなりビックリしたらしい。
いつもの様子はどこへやら、素で驚いたようだ。
それもそのはず。
時雨が突然現れた上に、ぎゅっと抱きしめられたから。
紺の髪がサラサラ揺れる。紺の瞳が悪戯っぽいように笑う。
仕事は小宵に押し付けてきたらしい。
仔朱鷺は小さく溜息をついた。

「時雨!何やってんだよ!」
「小宵に聞いたら仔朱鷺が圃班だって教えてもらったから、行こうとしたの。」
「…………で?」」
「途中で雲林班長に会って、ちょっとお水をもらったぁ。」
「酒か。」
「飛燕班長酔ってるの?」
「酔ってますね。完全に。」

仔朱鷺がまた溜息をつく。
蔽班風斬処の悲惨な様子が目に浮かぶ。小宵が今頃オロオロしているはずだ。
時雨は二十歳より下だが、そういうものに好奇心を持っているのでつい呑んでしまったのだ。
きっと飲ませたのは水ではなく強い酒だろう。
雲林班長 ―雲林 朱雀― は事あるごとに時雨をからかうのだ。

「皆でお祭りしてるのぉ?」
「時雨、いい加減眼を覚ましやがれ。」
「班長、先ずは酔いを醒ましてから…。」


後片付けに取り掛かろうとしたとき、いきなり千曲が飛び出してきた。
相当急いできたらしい。
多少包帯の白と血の紅がちらつく。
先ほどの傷は手当てしたもらったのだろうが、また開き始めている。





「輝日 朔夜が失踪した!!」





この一言で、時雨の酔いはすっかり醒めた。





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