白い火照る肌は、憎しみの熱

《解れ始めた主旋律》





「姉様には悪いけど、死んでもらうから。」


フユはおもむろにそういうと、かわり映えのしない服から異国の小刀を取り出した。
サーベル、という名前だったような気がする。
それは、小刀と言うには大きく、刀と言うには小さいものだった。
いくらか刀よりも刃が太い。
千曲も短剣に付いた血を拭う。

それは、黄玉(トパーズ)で出来た黄色に光るものだった。
古くから黄玉は天界に通ず、と言われて霊力の石といわれる。
冬の瞳が鋭く殺意に満ちた。

「死んで。」
「雨を貫き全てを破壊せし怒れる雷神よ、我の元へ来たれ!」

すぅ、とその黄色の小刀を前に差し出し、呪文のようなものを唱える千曲。
冬は既に刀を構えている。
瞳を閉じ、呼吸を止めている。

瞬間、バチバチと雷にも似た音がして、最後に千曲が呟いた。


雷神(らいじん)來緋(らいひ) !」


金色(こんじき)の猛虎。
毛並みはこの世のものとは思えないほど美しく、雷を纏う姿は正に神。
それが牙をむいてフユに襲い掛かる。
力強い後ろ足が床を蹴り、俊敏に。
だが冬はそれをよく見もせずに、長い前髪を揺らしたまま動かなかった。

ただ、構えたところから動かないだけだ。


月華(げっか)。」


刹那の事。
緩やかに、流れるように一歩踏み出しただけ。
その後、金色の獣が牙を向いた瞬間に、消えた。

それだけだった。


「千裂…それは!」
「死んでもらうよ。姉上。」

左手から毒が入っていたようだ。
身体が思うように動かない。

「くっ………。」


また、冬はその刀を振り上げた。
その瞳は光を宿してはいなかった。
さながら人形のように。
ただ、冬の漆黒の瞳に千曲の姿が映っているだけだった。
さながら鏡のように。

「…っ……!」


避けられない。

毒が四肢の力を奪っていく。
それでも気力だけでなんとか一撃を避ける。
悲鳴を上げる身体を無理矢理叱咤し、走る。

数秒の沈黙。



千曲は冬に向かって忍速で走った。



「來緋、降臨!」


自分の力を使い切るほどの一撃。
流石に冬もこれには反応できず、直に刀と牙が触れ合った。

如月の刀・蓮華にも勝る電気音がした。


「……うっ…!」


フユは苦痛に表情をゆがめると、なんとか獣を振り払った。
そのまま後ろ…扉のほうへ一旦退く。
獣は力を失って、消えていった。
苦々しげに睨むその瞳は、千曲の知るものではなかった。

「今日のところは退く。だけど……次はないから。」
「待て、千裂!!」


言葉を言い終わらないうちに、バサ、とかわり映えのしない衣装を翻す。
そして、フッと風のように消えた。
後に残ったのは千曲一人。
追いかけられないと悟ると、後ろを振り返った。

そこには、何もなかった。

否、何かが無かった。


「あの本……!!」

本を持っていかれたのだった。
あれだけが月代一族の文献だったというのに。
千曲は瞬時に何が起こったのかと、何をすべきかを考えた。
そして記憶の失せないうちに、白舞の元へ向かうことにした。

一歩踏み出そうとした瞬間にぐにゃり、と視界が歪んだ。
既に毒が全身に回っている。
それを抑えて、千曲は走り出した。


風の吹く書庫には、数滴の乾いた血痕と、新しくて多い血痕。
フユの刀の破片と黄色の刀の破片が散らばっていた。


「…………冬、か。」


走りながら千曲は呟いた。

それは風に乗って、どこかで消えた。


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