…貴方に殺されるために私は何度も傷ついてきました。

《静かな鎮魂歌》





「朔夜!朔夜!!」

力ずくでも兎に角、意識が戻るか確かめなければならない。
時雨が必死に揺らすと、一瞬だけ朔夜の眼に光が宿った。
意識が戻れば、まだ精神が生きている証拠だ。

「時雨班長…?小宵は……?」
「無傷だ。朔夜…!」

もう一度名前を呼んだところで瞳の光が消える。
顎ががくん、と下がる。
瞳は閉ざされ、寝息が聞こえてくる。
どうやらまた眠ってしまったらしい。
その時がちゃり、とドアの開ける音が響いた。

「時雨班長、小宵さんはやはり疲労でした。今寝てます。」
「ん、解った。」

仔朱鷺の視線が時雨から朔夜に移る。

「朔夜はね、さっきまで起きてたんだけどやっぱり疲れが出てね。寝たよ。」
「そう、ですか。…良かった。」


その後、2人は仕事に戻った。
仔朱鷺はさほど不思議がりはしなかったが、時雨にとってはゆっくり考えたいことがあったのだ。
月代一族の呪術と、朔夜。
それに紅染家。



「仔朱鷺。」
「はい?」

「無理、するなよ。」
「…のし付けて返します。」

面食らって時雨が仔朱鷺を見ると、にこりと微笑んだ仔朱鷺が居た。
時雨もにこりと微笑んで処への道を歩き出す。


「…朔夜、もう少し我慢してろ。」
「?時雨班長、何か言いましたか?」
「別に。」

呟いた言葉は、雨にかき消されて誰にも届かなかった。






その時、千曲は機密書庫にいた。
時雨に頼まれたことを調べるためだが、本当は此処は白舞でないと入れない場所。
つまり、勝手に忍び込んでいる。
これが知れたら大変なことになる。
千曲は常に周りに気を配っていた。

ペラと分厚い本の薄いページをめくる。
ふと、大人数の気配を感じ取る。
そして同時に、《囲まれたな》と気付いた。

気付かれないように読み進みながら、戦闘体勢をとった。
腰に下げた短剣に手をかける。

―――――ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン――――


小刀が千曲のいたところに刺さったのと、投げたものが千曲を捕えていないと気付くのは、ほぼ同時だった。
一人の敵が視界に入る。

「私を甘く見るな。お前は誰だ。」

忍速で敵の後ろに回り、短剣を喉元に当てる。
敵はそれを鼻で哂った。

「……な…?」

千曲が敵を捕えていた手を緩める。
小さく呟く声を耳にし、千曲は一瞬で理解した。
自爆した。
反射神経を総動員して離れたが、左手をえぐられた。

「ぐっ……。」

一瞬気を抜いた自分を呪いつつも、次の目標を探し当てた。
探す暇も無く、千曲の周りには多数の敵が立ちはだかっていた。
一瞬で躊躇いも無く、敵を切り殺す。
斬った筈なのに血は飛ばない。
千曲の左手からも血が滲んではいるが、明らかに尋常ではない速さで止血されていた。

敵が消えた後に視界が開けると、其処に居たのは少年。
額に月の紋、千曲とよく似た目鼻立ちに漆黒の髪。
息を呑む。

見間違えもしない、自分のたった一人の弟。
その昔に生き別れたはずの、たった一人の血の繋がった家族。

千裂(ちさき)…?」
「…もう俺は千裂じゃない。」
「…え?」

「月代一族四季曜石(しきようせき) の月代 冬だ。」


「……千裂…。」

暫く見ていなかった弟は昔に比べ、背が伸びて声も低くなっていた。
千曲は、自分の弟を見つめる。
――これが、私の弟か?
――殺気が、痛い。

そしておもむろに、千裂…否、冬は口を開いた。
殺気は確実に強くなっている。
千曲を憎む瞳だった。

「姉様には悪いけど、死んでもらうから。」






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