撃つ雨が私の夢を削り取っていく。

《雨の日の独奏》




「朔夜くんが眼を覚ましたの!」

勢い良く小宵が駆け込んできて、息を切らしながら叫んだ。
朔夜は一週間寝ていたままだった。
あまりにも大きい傷だったからか、体が目を覚ますことを拒絶していたのだろう。


瞬間。
ぐらりと小宵の身体がよろめき、瞼が力なく閉じた。

「仔朱鷺!」
「……はいっ…!」

時雨の鋭い声が飛ぶ。
声が出る前に反応していた仔朱鷺でも滑り込んで小宵をぎりぎりで受け止めた。
心配のあまり眠っていなかったのだろう。
いつもはふっくらとしていた肌が荒れ、身体は羽のように軽い。

「東風、楓。大体状況は解った。有難う。」

状況を説明しに着ていた東風はにっこりと笑って出て行った。
楓だけが其処に残る。
ゆっくりと立ち上がると、時雨の耳元で囁いた。

「…無理すんなよ。」
「……解ってる。」

時雨の言葉が届いたかどうか解らないが、楓は障子を開けたまま出て行った。
日の光がやけに眩しい。

「仔朱鷺。私行って来るから、小宵よろしく。」
「はい。隣の休憩室で寝かせておきます。」
「……宜しく。」

時雨は忍速で走り出した。










病棟への入り口。
時雨がおもむろに立ち止まった。
空は寒々しいほどに澄み切っており、どこまでも遠い。
綺麗過ぎる空色が眼に痛かった。

「千曲。」
「何、いきなり?こんな所に呼び出して。」

姿を現したのは、漆黒の髪を揺らす女性。
特隊長の天津小 千曲(あまつこ ちくま)だ。
短剣を紐で腰からさげ、左の頬には不思議な刺青をしてある。
刺青とはその家を表すものなので、多分天津小家の家紋なのだろう。

時雨は千曲の立っている屋根の上まで跳躍する。
猫のように足音一つ立てずに、密やかに降り立つ。
さながら忍者のように。
千曲の首にかかる蜘蛛を模した首飾りもその衝撃で揺れた。

風が揺らす。

「月代一族について調べてくれない?」
「そりゃまた何で?」
「……色々有るの。」

「………解ったよ、私の権限で出来るところまで調べてみる。」
「有難う。」

話は済んだといわんばかりに千曲に背を向ける時雨を、手甲をした手が掴んだ。
そのまま力任せに引き寄せて、耳元に口を寄せる。
紅色の唇が小さく動く。


「…無理するな。」






「…楓にも言われた。」

時雨は笑って病棟の中に消えていった。











長廊下を忍速で走るうちに、何かを強く感じ取っていた。

《殺気…?》

そう思い、回りを見回してみる。
空は先ほどとは打って変って曇りだし、雷鳴がとどろき始めている。
フラッシュのように光る雷が妙に煩い。


刹那。


ぞっとした感触が体中を駆け巡った。
ものすごい殺気で自分を見つめている視線がある。
反射的に立ち止まり、辺りを見回してみても誰も居ない。
開放的な病棟の中は、外回りは何も壁がない。
庭が丸見えだ。
紫陽花の花と桜の花が、季節外れに咲き乱れていた。
これは昔から『不枯華』と云われ、咲いている紫陽花と桜だ。
誰かが術をかけたらしい。


視線は消えていた。
突然降り出した雨とともに、全部流してしまうように。






「輝日 朔夜には面会できるか?」
「ええ。…お部屋はわかりますか?」
「解ってる。」


受付嬢は営業スマイルで時雨を送り出す。
それを横目で見ながら、一週間前と同じ道を、足音も立てずに進んでいった。





ギィ…とあの時と同じ重々しい扉を開ける。
幾分か機材が無くなったためにすっきりしたように見える。
朔夜は、ベッドの上に俯いて座っていた。

「朔夜、身体の調子はどうだ?」
「……。」

返事が無い。

「朔夜…?聞いているのか?」
「…。」

まさか、と思いつつ俯いた朔夜の顔を上げさせる。
顎を持ち上げるといつもは不敵そうに笑う口元は無表情で何も云わない。
きらきらと光っていた漆黒の瞳には、何の光も灯っていない。

額にある掠れた様な、近くで見ないと解らないほどの汚れ。
時雨は朔夜の前髪を掻き上げ、その汚れを見つめた。
それは魂の形を簡単に記号化したような形をしている。

「呪印か……。」」

どうやら嫌な予感は的中したらしい。
月代一族の失われた秘術に、、『天網縛魂(てんもうばくこん)』という術がある。
魂と精神に直接働きかけてそれを捕らえてしまう呪術。
かなり高度な術だが、かけられていると言う事はつまり、月代一族が係わっているという事だ。
間違いない、と時雨は確信した。


朔夜は魂を捕らえられてしまったのだと。



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