紅い悪魔は一つ、人間に恐るべき力をもたらした。
《紅く染められた夜想曲》
「…私の右眼が、どうかしましたか?」
時雨が冷ややかに言う。
いつものサボリ魔のそれではない、冷酷なオーラ。
張り詰めた空気が、さらに張り詰めた。
シン…と静寂が耳に痛い。
しかし白舞はそちらにあまり気をむけず、天井を見上げた。
「………鼠が居るようだ。」
白舞は静かに言う。
それですら荘厳な雰囲気を放っていて、表情が覆い隠されてしまう。
すると、カタンコトンと小さな足音が2つした。
「…私が。」
「如月、1人で良いか?」
「充分です。」
そこまで短い会話が途切れると、また沈黙が流れた。
他の班長達は微動だにしない。
しかし、如月は背からスラリと細身で独特な模様の刀を抜いた。
“蓮華”だ。
そしてその刀の名前を短く言い放った。
「
蓮華
(
れんげ
)
。」
スッ、と如月の白い肌の手が鈍く光る刀の表面を撫でる。
瞬間にバチバチという電気が空気を裂く音が聞こえた。
すると、2人の隠密者の焦げた体が、ぐしゃ、と嫌な音を立てて落ちてきた。
隠密者は既に事切れていた。
「
紅染
(
べにぞめ
)
の隠密者か。」
手の甲に2人とも赤い桜の家紋の刺青が彫られている。
優雅は雰囲気の
弥生
(
やよい
)
は黒い隠密者を見て言った。
体は焦げていて、嫌な匂いが漂い始めた。
しかし弥生手で指令を出した一瞬のうちに、黒い隠密者は消えた。
姿が見えないほどの俊敏さで死体を処理した彼らは、隠密隊(おんみつたい)と言われる。
それぞれの班長直属の、裏方の仕事をする班だ。
しかし白舞が手で静かにせよ、と告げる。
もう一度緊張感が漂った。
「では、先ほどの議題に戻る。両方同時進行で話そう。
紅染
(
べにぞめ
)
と
泡沫
(
うたかた
)
は、昔敵対していて、
それが大きな戦争に繋がったのが、
紅泡
(
べにあわ
)
大戦だ、ということは知っているだろう。
今、紅染がまた動き出した。
このままではまた二の舞になりかねない。
あの戦争は、無残すぎた。多くの死者も出た。
…憎しみの連鎖が、今も続いている。
其れを阻止する為に、私の独断だが、
特殊攻撃専門部隊
(
とくしゅこうげきせんもんぶたい
)
を創立した。」
「ちょっと待てよ。それが時雨の右眼とどう関係してるんだ?」
楓が怪訝そうな顔をして、一歩前に出た。
訝しげな色が顔を埋め尽くしている。
「…飛燕の右眼は、突然変異、天災であり神の瞳だ。それを紅染は狙っている。」
「何のために?」
「………この国を…盗る為だ。」
静寂すぎて煩いほどに耳鳴りがする。
楓はそこまで聞くと礼をして下がった。
「では、特殊攻撃専門部隊、以下
特隊
(
とくたい
)
。自己紹介。」
するとフッと音も無く3人が現れた。
3人は普通の糸断制衣に肩当てをし、1人は首から紋章を提げていた。
「特隊長、
天津小 千曲
(
あまつこ ちくま
)
。」
千曲、と名乗った女は黒髪で右頬に刺青をしている。
時雨の親友で、貴族ではないが隠密隊や巫女としてその能力が買われていた『天津小家』の一員。
それも何者かの襲撃により5年ほど前に、幼い姉と弟を残して全滅した。
「特隊員、
東伯 八鹿
(
とうはく ようか
)
。」
八鹿、と名乗った男はセピアの短髪だ。
「特隊員、
杵築 桐生
(
きつき きりゅう
)
。以上3名。」
桐生、と名乗った男は小柄で金髪という容姿をしていた。
3人とも班長格であるという印の刀を差していた。
白舞の視線がまた6人の班長に戻った。
「特隊は特隊、もしくは私の意志で動く。」
「所属はどこですか?」
時雨が白舞にたずねた。
人が変わったように冷酷で無表情な口調。
「所属は無い。公表はしない。口外無用だ。班長会議以上、解散。」
いつも通りの儀式的な言葉で、班長会議は閉められた。
最後まで張り詰めに張り詰めた空気の中で、6人の班長は礼をした。
「あ、時雨班長。帰ってらしたんですか。」
障子を開けると、珍しく仕事をしている班長がいた。
仔朱鷺が帰ってきた時雨を見つけて、声をかける。
陽は落ち始め、オレンジ色がだんだん世界を侵食し始めている。
「あ、仔朱鷺。あたしちょっと気分悪いから早く上がるよ。」
「はい。時雨班長、顔色悪いですよ?大丈夫ですか?」
「……まぁ大丈夫でしょ。」
出来るだけ元気そうに振舞って立ち上がる。
くるりと後ろを向いた時雨に仔朱鷺が小さな声で呟いた。
か細い声で、俯いて。
「無理は…しないで下さい…。時雨班長……。」
少し立ち止まってから右手をあげて振る。
長廊下をゆっくりと歩き、夕日に目を細める。
仔朱鷺は、いつもそうだ。
時雨のことではないにしても、人の気持ちに敏感だ。
落ち込んでいる時も、誰とでも公平に接する優しい副班長。
それでいて仔朱鷺地震は強い信念を持って、折れることは無い。
「いい…部下を持ったね、私も。」
時雨は曲がり角まで来て、時雨は思考を切り替えた。
家とは逆の方向に曲がり、忍速で消えた。
行く先は総括処。
「よく来たな、時雨。」
「任務は?」
「最上級だ。
玲瓏
(
れいろう
)
国の要人暗殺。全て消せ。」
「は。」
「…時雨。」
「なんでしょうか?」
「………泡沫のことは…」
「……解っております。」
白舞との会話を短く済ませ、時雨は少しの香りを残して消えた。
「ごめんね、小宵。」
その言葉は、誰にも届かなかった。
そして時雨は瞳を閉じた。
再び前を見た時、右目には
真紅
(
しんく
)
の
紅
(
あか
)
を灯し不思議な模様が浮き出ていた。
それは、時雨が数分後、赤く染まっていることを示していた。
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