風を手に掴んだと思うものは愚者だ。
『私は貴方を殺す為に生きてきました。』

《乱れ始めた輪唱》




狐が人に化けて嫁入りをする。
すると空から晴れているのに雨が降ってくる。
これが俗に言う『狐の嫁入り』である。
にわか雨なのでその後すぐに止んだが、しっとりと処内は濡れていた。

「あ〜ぁ、狐の嫁入りだなんて最悪。」

紺青の髪をひとつに束ねた時雨はぐったりしている。
雨が好きではないらしい。

「班長こそ仕事してください。お願いですから。」

呆れ返って懇願するように言いながらも、絶対零度の微笑みは崩さない。
まだぶつくさ文句を言う時雨を強制的に連行し、執務室のある風斬処へ向かう。
あそこには凶器が山ほど…それこそ腐るほどあるはずだ。

「班長。」

ちょうど長廊下の初めまで来た朔夜が、時計を見ながら呟く。
中庭にある日時計は、その処の能力を象徴している。
時雨は気だるそうに時計を見つめている。

「何?」
「そういや隣の焔酋…(ふう)が班長会議だって伝言。」

はじかれたように振り向く時雨と仔朱鷺。
班長会議とは、7つある班のトップとそれを統べる総括長の会議で、最も重要な会議。
遅刻した、もしくは欠席したならその後どうなるかなど日の目を見るより明らかである。

「何で教えてくれなかったのさ!」
「悪い。忘れてた。」

しれっと、悪びれもなく言う朔夜を小宵が諌める。
この部下は上司に敬語を使ったことなど無い。それは解っているのだが。

「とっとと行かねぇと間に合わないぞ?」
「朔夜くん…言い過ぎだってば…。」

こんな時まで人の神経を逆撫でする事をいうのかと思うと、いくら気の長い時雨でも苛つく。
しかし、今はそんなことで悩んでいる暇ではない。
班長会議は、時に国家レベルの問題を議論することもあるのだ。
時雨は懸命に気持ちを飲み込んだ。


「こうなったら忍速(しのそく)で行くしかないみたいだから!」

半ば強引に仔朱鷺の手を引き剥がす。
そしてしゅた、と手を敬礼するようにあてる時雨。

「あ!逃げましたね!!」

―――――ヒュン―――――

仔朱鷺が最後まで言うことなく時雨は消えた。
仕事から逃れられるという幸せで顔が笑っているような気がする。
そこまでして嫌なのか…甚だ疑問だ。
時雨が消えた後…否、厳密に言えば消えたのではない。
消えたように見えただけだ。
能力を使って体を瞬間的に活性化させ、ものすごいスピードで走ることが出来る。
ほんの瞬きの間に時雨の姿は長廊下の曲がり角まで進んでいる。
だがそれも一瞬の間だけで、紺色は直ぐ消えた。

「もう行っちまった。」
「全く…仕事が溜まっていると速いんですから…。」
「溜まった仕事、私がしておきますね。」

にっこりと微笑んだ小宵の手には、大きな書類の山が出来ている。
お人よしの彼女はきっと断れなかったのだろう。
全く、時雨は部下を何だと思っているのか…仔朱鷺は大きな溜息をついた。


「デスクワーク以外は才能あるんですけどね…。」

仔朱鷺の苦労はまだまだ続きそうだ。

















「飛燕 時雨、() 班長、只今到着いたしました…!」


久しぶりに全速力で走ったので、息切れが激しい。
喉が風を裂く音がする。
他の班長達はもう集まっていたようだ。
全員が時雨のほうを向くが、幾つかの視線は元に戻る。

「伝言行ってなかったか?輝日に頼んだはずだが。」

首に大きな傷のある、目つきのするどい男は言う。
セピア色の髪がさらさらと揺れる。

椄翔(せつか)、飛燕にも色々あったのだろう。」

椄翔――椄翔 楓に話し掛ける男は、漆黒の髪で優雅な印象を覚える。
腰には真っ白で雪のように美しい飾りの付いた刀が差してある。

「あぁ、時雨ちゃん!何か久しぶりだねぇ!」

冬でもないのに羽織を着て、銀髪の男は帯刀していない。
見るからに楽天的で、ポジティブな考え方の持ち主そうだ。

朱雀(すざく)、ちょっとは叱れよ?」

どうやら朱雀と言う名前らしい。
あはは、と笑い声が響く。
時雨は間に合ったことを悟り、ほっと一息つく。

「煩い。静かにしろ。」

突然、奥のほうから声が聞こえた。
目つきの鋭い少女…大人になりかけのような美貌と近寄りがたい雰囲気。
雷を操る班で、自在に雷を生み出す刀“蓮華”を背に差している。

「酷いよ如月(きさらぎ)!さり気に酷い!」


言いながら時雨が如月に抱きつく。
一種の愛情表現のようだが、如月の反応は冷たい。
冷たいを通り越して最早無表情だ。

「失せてくれ。暑苦しい。」

如月には殺気すら漂い始めた。
抱きついている本人には通じていないようだが。
額に青筋を立てて、楓がべりっと如月から時雨を剥がした。

「反省のカケラもないな、時雨は。」

ごつん、と頭をたたかれると紺色の髪が少し乱れた。
それもぱっと直ってしまうからうらやましい限りだ。

「1分遅刻、飛燕。」

刹那。
よく通る声が聞こえた。
空気が、変わる。
時雨と、その他の班長の体が反応した。
自然と体が引き締まるような荘厳な雰囲気。
そして話し声は消え、顔が引き締まる。

「すみません、白舞(はくぶ)総括班長。」

















「…良い。それでは始める。一、紅染家の反逆の噂について。」





戦慄が、奔った。
紅染家は古くから糸断に忠誠を誓っている一族だ。
一流貴族でその権力が及ぶ範囲は広い。










「二、飛燕の右目…“破壊の瞳”について。」










もう一度、戦慄が奔った。

悪魔の瞳の再来に。





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