風は時に予測と違う動きをする。
普通すぎて、私の愛すべき日常。
《日常的な重唱》
「班長!!会計報告できま……し…た…。」
ガラ、と音を立てて開けた部屋の中には誰もいない。
ただ風がそよそよと窓から吹き込んでいるだけだ。
障子をあけた人のよさそうな青年は頭を抱えた。
「………やられた…。」
そのころ、日当たりのよい屋根の上。
「ふっふ〜♪
仔朱鷺
(
ことき
)
ってば最近ガードが甘いんだから♪」
そう屋根の上で横になって呟く、紺青の髪と紺青の瞳の少女は笑う。
少女の名は、
飛燕 時雨
(
ひえん しぐれ
)
。 幾分か大人に近づいた少女のような顔立ち。
ふふっ、としてやったり。と言いたげに笑う時雨の後ろに、影が不意に出来た。
すぅっと、日の光が遮られる。
「ん…?」
時雨は後ろに人の気配を感じて振り返る。
いや、そうでなければいいと淡い期待を込めて確認する。
「時雨班長…見つけましたよ…?」
何故今日はよりによって一番見つかりたくない人に見つかってしまうのか。
昨日も、その前も完璧に逃げ切ったはずだったのに。
逃げようとしたが服の襟を掴まれているのでそれも叶わず。
「うげ…仔朱鷺…。」
「もう、逃げられるとお思いですか…?」
その後、絶叫が響いた。
時雨の恐れが濃縮された絶叫が。
「班長〜…またサボったのかよ?」
黒曜石の瞳と漆黒の髪。
14歳くらいの目つきの悪い少年が自分の上司に向かって呆れた声を出した。
前髪を掻き揚げる仕草が様になっている。
「…班長……。サボるのもいい加減に…ね?」
同じ年齢に見える少女が追い討ちをかける様に言う。
髪は赤みがかったようにも見え、青みがかったようにも見える。
「
朔夜
(
さくや
)
…しかも
小宵
(
さよい
)
まで…酷い…!」
「自業自得です、時雨班長。」
あっさり言い切るのは、
紫苑 仔朱鷺
(
しおん ことき
)
。
先ほど時雨を捕まえた、人のよさそうな青年である。
女性的な顔立ちだが、れっきとした男性である。
ここは、
舜架
(
しゅんか
)
国。
風、焔、水…等の恩寵を受けた者だけが就ける
糸断
(
しだん
)
という仕事がある。
構成員はその班のトップの風酋、ナンバー2の副風酋、そして1人の攻守酋。
そして小一位、小二位…という名の下級糸断で構成されている。
糸断は、国の管理を政府とは別の、つまり恩寵を受けたものしかできない仕事を請け負う。
そしてある時は、他国との戦争の兵力として使われる。
時雨の班は、
蔽
(
へ
)
班。風の恩寵を受けた者の班だ。
「いいかげんにしろよ、班長。」
天才と謳われる朔夜は、少々ぶっきらぼうである。
「朔夜君…言いすぎだと思うよ…?」
押され気味の小宵だが、きちんと書類を持っている。
救護班所属なので、少し消毒液の香りが着物に付いている。
「とにかくっ!会計報告見てください!このサボり班長っ!!」
仔朱鷺は時雨の顔面めがけて書類を叩きつける。
溜まりに溜まった仕事は凶器と化し、凄い勢いで時雨めがけて飛んでいく。
「うぐっ!」
「班長、仕事たまってるので執務室に行きます。あ、書類は歩きながら眼を通してくださいね。」
書類はずっしりと重い。
くる、と後ろを向く仔朱鷺を見て逃げようとした時雨だが、あえなく捕まる。
その後、解っている上で聞いてくるから性質が悪いのだが、
「時雨班長?どこ行くんですか?」
絶対零度の微笑を向けられ、時雨はやむなく執務室へ行くことになった。
その凶器に目を向けると、見慣れない字が躍っていた。
「ねぇこの書類、誰がやった?」
「俺だよ。」
ぼそりと呟かれた言葉に過剰に反応する時雨。
朔夜は基本的にはデスクワーク派では無い。
「じゃぁ朔夜がやったんじゃやり…直…し?」
突然、言葉を切る時雨。
その瞳は書類に真っ直ぐ注がれている。
「どうしたの?…班長?」
「合ってる…。ぴったり。」
「じゃあ今日は雨ですね。」
仔朱鷺はあっさり言い捨てる。
しかし時雨は一歩も引かない。
「超レアだよ?!」
時雨は仔朱鷺の顔面めがけて書類を投げつける。
凶器がまた自分めがけて飛んでくる。
「痛い…。もう時雨班長ってば…。」
「ほら見ろ。」
「本当?…朔夜…君が?」
「てめぇまで疑ってんのかよ小宵。チビのクセして。」
「1cm伸びたもん・・・・。」
「朔夜!小宵!超レア!ほら!!」
二人にとって身長の話は暗黙の了解で禁止されている。
とりあえずその事は置いといて、と時雨は2人に書類を突きつける。
一同沈黙。
「「「「合ってる…。」」」」
外は晴れているはずなのにパラパラと音がする。
冷たい水の雫が、暖かい日の光の下を落ちていく。
雨が降っているのだ。
「狐の嫁入り…。」
なにか、ありそうな予感がした。
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